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【新刊予約】ポール゠ロワイヤル史概要 / ジャン・ラシーヌ

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御園敬介=訳 ルリユール叢書 【お届け予定】2026年9月下旬に発送を予定しています。 予約商品のお届け詳細は下記をご確認ください。 https://genkishobou.stores.jp/faq ———————————————— なんたる平穏! なんたる沈黙! なんたる慈愛! 清貧や節制へのなんたる愛着! 休みなく働き、たえまなく祈り、もっとも卑しく恥ずべき仕事だけを望む。若い修道女に性急なところはいっさいなく、古参の修道女にはどんな逸脱も見られない。つねに服する準備があり、言いつけはつねに理にかなっている。 ———————————————— フランス古典悲劇の巨匠ラシーヌが、若き日に学んだポール゠ロワイヤル修道院の改革と発展、およびそれに伴う王権や教会との軋轢の諸相を、修道女や隠士らの内部資料から、静謐な筆致で描いた絶筆の歴史書。第一・第二部に異文、追記、議事録抜粋、自筆ノートを併録した新訳完全版。 ポール゠ロワイヤルを知らぬ者は、人間を知らない。 ――ロワイエ゠コラール ポール゠ロワイヤルの隠遁地、これは理想郷です。人里離れたその地には、キリスト教のあらゆる信心が一堂に会しており、そこから一里四方にわたって聖なる香りが満ちています。 ――セヴィニェ夫人 ラシーヌ氏は、その死の二日前、できたばかりの著作をある友人に託した。その友人が亡くなると、著作の行方はまったくわからなくなってしまったが、デプレオー氏〔ボワロー〕の言うところでは、それは我々の言葉で書かれたもっとも完全な歴史作品であったという。 ――クロード゠ピエール・グージェ ルイ十四世とポール゠ロワイヤル。これこそが、ラシーヌの魂を動かす最後の二大原動力であった。彼は対立した両者を和解させようと望んだが、逆にその心は引き裂かれた。まさに、彼のなかでひとつの悲劇が、ひそやかに上演されていたのである。もしどうしても意を決してどちらかを選ばねばならないとすれば、おそらく彼は躊躇せずにポール゠ロワイヤル、すなわち神を選んだだろう。 ――サント゠ブーヴ ■著者略歴 ジャン・ラシーヌ(Jean Racine 1639‐99) フランスを代表する悲劇作家。ピカルディ地方ラ・フェルテ゠ミロン生まれ。3歳で両親を亡くし、父方の祖父母に育てられる。1650年ごろポール゠ロワイヤルに預けられ、修道院併設の私塾「小さな学校」で高い教養をもつ隠修士たちの教育を受けた。1664年、悲劇『ラ・テバイッド』で劇作家デビュー。以後、戯曲の相次ぐ成功で確固たる名声を確立し、1677年には国王の修史官に任命される。その途上、演劇の危険性をめぐってポール゠ロワイヤルと対立するが、やがて和解し、終生この修道院に深い愛着を抱きつづけた。 ■訳者略歴 御園敬介(みその・けいすけ) 1975年、神奈川県生まれ。一橋大学大学院社会学研究科博士課程修了。クレルモン゠フェラン大学人文科学研究科博士課程修了。現在、慶應義塾大学商学部教授。フランス思想史。専門はジャンセニスムとポール゠ロワイヤル。 ■目次 第一部  ポール゠ロワイヤルとモビュイッソンの改革  ポール゠ロワイヤル・ド・パリと聖体修道会  サン゠シラン大修道院長  二つの修道院  イエズス会との最初の対立  五命題  アルノー譴責事件から聖荊の奇蹟へ  枢機卿、君主、神学者  『プロヴァンシアル』  信仰宣誓書 第二部  ポール゠ロワイヤルを滅ぼす  聖なる修道院長の最期  署名をめぐる問題  和平への希望  修道女の追放から第二の宣誓書へ 関連資料    一 異文    二 一七六七年版の追記    三 一六六三年の枢密顧問会議議事録の抜粋    四 一六六四年から一六六七年についてのノート   註   ジャン・ラシーヌ[1639–99]年譜   訳者解題   人名索引    ■書誌情報 判型/総ページ 四六変上製/360ページ 刊行年月 2026年9月 ISBN 978-4-86488-355-9

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