鳥山定嗣=訳
ルリユール叢書
————————————————
時により 無邪気 非常識 愛想よし 変わり者
蠅一匹の奴隷ともなれば 法律の主人ともなる
精神とはまさにこの混淆(メランジュ)
そのもつれから絶え間なく 私(モワ)が身を解き放つ
————————————————
定型韻文詩、自由韻文詩、自由詩、散文、散文詩を混在させ、挿絵とテクストを混淆させた詩人ヴァレリーの精神としての書物――「雑纂」「断章」の文学ジャンルの系譜を、新たな書法(エクリチュール)で切り開く〈散文と詩の混淆(メランジュ)〉。ヴァレリー自身の手による銅版画挿絵入り初版本新訳の決定版。
ヴァレリーはなによりもまず肉感的な詩人であり、彼の芸術には肉感的な注意力がみなぎっている。その精神は肉体に注意深く、肉体を皮膚的意識のようなもので覆っている。
――ポール・クローデル
私はひとりでした。私は待っていました。私の作品のすべてが待っていました。ある日、私はヴァレリーを読んだのです。もう待つことは終わった、と思いました。
――ライナー・マリーア・リルケ
ヴァレリーは自分の詩句を貴重なワインのように味わい、私たちにも味わわせる。彼がそれを自分の唇に、また私たちの唇に通すときにおぼえる悦びのすべてが感じられる。言葉の意味を越えて、その詩句は絶妙な一体をなしている。それは音の妙薬だ。
――ジュール・シュぺルヴィエル
ヴァレリーは哲学者と呼ばれてきた。が、哲学者とは通常、哲学的なシステムを構築したり補強したりする人のことだ。この意味では、ヴァレリーは哲学者になるにはあまりにも知的であった〔…〕そのような仕方で哲学するにはあまりにも意識的でありすぎた。
――T・S・エリオット
私はヴァレリーのうちにヨーロッパの最も完璧な象徴を見ていた。
――ビクトリア・オカンポ
■著者略歴
ポール・ヴァレリー(Paul Valéry 1871–1945)
フランスの詩人・批評家。南仏の港町セットに生まれる。若き日にルイスやジッドと出会い、モンペリエ大学法学部を卒業後パリに上京し、マラルメに親炙する。1892年「ジェノヴァの夜」に象徴される青年期危機を経て文学放棄を決意、「テスト氏との一夜」発表後、長い沈黙期に入る。1917年、長詩『若きパルク』により文壇に復帰し、一躍脚光を浴びる。後半生は、アカデミー・フランセーズ会員、国際知的協力委員会フランス代表を歴任し、コレージュ・ド・フランスで「詩学」講座を担当するなど幅広く活躍した。
■訳者略歴
鳥山定嗣(とりやま・ていじ)
1981年、愛知県生まれ。京都大学大学院文学研究科博士課程満期退学後、同研究科で博士号(文学)取得。現在、京都大学大学院准教授。専門はポール・ヴァレリー。著書に『ヴァレリーの『旧詩帖』――初期詩篇の改変から詩的自伝へ』、共編著に『愛のディスクール――ヴァレリー「恋愛書簡」の詩学』、共訳書にミシェル・ジャルティ『評伝ポール・ヴァレリー』(以上、水声社)、クリスチャン・ドゥメ『三つの庵――ソロー、パティニール、芭蕉』(幻戯書房)がある。
■目次
『メランジュ』
〔はしがき〕
メランジュとは精神のこと
人間なるもの(ユマニテ)
生と富
〔愛情〕
イレーヌのソネット
海
大聖堂
グラースにて
モンペリエ
ジュネーヴ
タイガー
〔同題〕
秋
語らい(二つのフルートのために)
白鳥のいた幼年期
ダイヤモンド
美……
精神……
黙れ
日常生活〔虚空と充満〕
目覚め
災厄
小品
ある肖像の下に
M夫人の扇に
かくも貴重な薔薇を贈ってくれたフアン・ラモン・ヒメネスに
クロッキー
アフォリズム
ナルシスのカンタータ
格言
回想
人間なるもの(ユマニテ)
取り憑かれた部屋
室内
魔法
夢
詩人の店
海景
「考える人」
瞑想
眼差し
折々の景
婦人の顔
海景
観念
神なるもの(ディヴィニテ)
ヨシャファトにて
愛(アモル)
〔牡蠣〕
詩篇(プソーム)X〔Z〕
詩篇(プソーム)Y─144
幸運〔精神の考える幸運〕
ある物語(コント)のアイデア(ヴィリエ風に)
〔運用の問題〕
情念(パトス)
生体゠精神の政治
口
うわのそらの女(ひと)
道徳なるもの(モラリテ)
雪
人間なるもの(ユマニテ)
禍言(まがごと)
偉大さ
おのれひとりとともに
幻視者(ヴィジョネール)
奇妙なこと
人間なるもの(ユマニテ)
審美家
詩篇(プソーム)〔S〕
鳥
目覚め
詩篇(プソーム)〔T〕
涙
註
ポール・ヴァレリー[1871–1945]年譜
訳者解題
■書誌情報
判型/総ページ 四六変上製/352ページ
刊行年月 2024年8月下旬刊行予定
ISBN 978-4-86488-304-7